痛みを知って強くなる

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
早いものでもう12月です。テレビでは今年の10大ニュースや名場面を放送する時期になりましたが、その1つは間違いなくロシアワールドカップでしょう。突然の監督交代やロストフアリーナでの劇的な幕切れがより日本代表の躍進を印象づけ、FW大迫選手の「(大迫)半端ないって」が流行語に選ばれたほどでした。
 小さい頃からサッカーを観ていた私にとって、一番衝撃だったのは、今回の「ロストフの14秒」や1997年にワールドカップ初出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」ではなく、その4年前、初出場まであと数秒だった日本代表が奈落の底に突き落とされた「ドーハの悲劇」です。
翌年のアメリカワールドカップ出場を目指し、1993年10月のアジア地区予選最終節に行われたこの試合は、試合終了間際のロスタイムのコーナーキックから、イラク代表の同点ゴールが決まり、初出場に近づいていた日本代表が一転して予選敗退する結果となりました。この試合のテレビ解説をしていた元日本代表監督の岡田武史さんがショックで喋れなくなってしまった姿や、このチームの中心だったヴェルディ川崎FWのカズ(三浦知良)の涙が今でも思い出されます。
 あれから25年。先日12月2日にカズのそのような姿を再び目にすることになりました。カズの所属する横浜FCは古巣ヴェルディとJ1参入プレーオフで対戦し、ロスタイム最後のコーナーキック(CK)で決勝ゴールを奪われてしまいました。引き分けなら横浜FCが昇格決定戦に進むはずでしたが、またもやカズは同じ様な悪夢に襲われました。
最後にCKに上がってきた相手GKと競っていたのは21歳の若手だった…。想像だにしない状況がピッチでは常に起こる。考えずにはいられないはずだ。あのCKをやり直せたら、GKを潰せていたら、J1にもたどり着けただろうかと…。
 同じように25年たった今でも「ドーハの悲劇」を頭の中で繰り返す。あそこで自分が別のプレーをしていたら…。取り戻せない1プレーによって、サッカーの時計が巻き戻らないことを僕らは悟る…。まさしく「この経験を忘れずに」なのだけど、忘れずにやっていくのがまた大変でね。人間はつらさ・痛みを忘れるようにできている。悔しさも時とともに緩む…。
 痛みを知る人間の方が強くなれる。その必要な痛みが、生きている実感もくれる。当面、やめられません。来年も続けるしかないね。
日本経済新聞2018年12月7日 三浦知良 「痛みを知って強くなる」)
サッカーの試合結果と同様に、我々の仕事においても、「まさかこんなことが起こるとは…」、「あの時こうしておけば良かった」と後になって悔いても、起きてしまったことは取り返せません。過去に起きた“痛み”は、これからも再び起こる可能性があります。
今年の医療安全や感染の研修では、過去に起きたアクシデントなどの出来事を繰り返さないために、医療現場ではそれを教訓に「やらなければならないこと」、「やってはいけないこと」のルールが定められていることを繰り返し強調しました。過去に様々な経験をしているベテラン職員と若手職員の一番の違いは、起こる可能性があることを「想定する幅」ではないかと思います。
今回ベンチ入りしていたカズは、ロスタイム最後のコーナーキックで、25年前のことを知らない若手達にベンチから大声を出していたそうです。
 現在51歳になる、誰よりも“痛み”を知るカズが現役を続ける理由。それは若手に“痛み”や、それを乗り越えて強くなることを伝えたいのではないでしょうか。
 当院のベテラン職員にも、過去の“痛み”を後輩たちに語り続けてくれることを期待しています。