“記憶に残る”スピーチ [1]
ごあいさつ

病院長
今月3日、元巨人軍の長嶋茂雄さんの訃報が伝えられました。長嶋さんは誰もが知る“記録より記憶に残る”国民的スーパースターであり、巨人の監督を務めた後、野球日本代表の監督としてアテネオリンピックに挑む直前、脳梗塞で倒れました。
当時、私は医師として働き始めて数年目の頃でしたが、入院中の患者さんたちが、「長嶋が俺達と同じ病気になった」と、まるで同志を得たかのように喜んでいた姿を今も思い出します。リハビリのために転院したニュースがNHKで大々的に報じられ、「回復期リハビリ病棟」という名前が世間に広く認知されるようになったのも、このことがきっかけでした。
広島は、巨人のV9時代に苦汁をなめ続けた歴史があり、アンチ巨人が多い土地柄です。私はその広島で育ち、大学で上京した頃にはカープの主力選手がFAで巨人に移籍し、1996年には「メークドラマ」で11.5ゲーム差を逆転された記憶もあって、長嶋さんには「悪の帝国の総帥」のようなイメージを持っていました。そんな私の印象が大きく変わったのは、長嶋さんがリハビリに励む姿が報じられるようになってからです。「リハビリは嘘をつかない」「リハビリでも不可能を可能にしたい」と語り、毎日ハードなトレーニングを続けました。その姿勢は現役の頃と同じ不屈の精神そのものであり、後遺症に苦しむ多くの人たちに勇気を与え続けました。
なかでも最も記憶に残っているのは、2013年の国民栄誉賞の授与式です。共に受賞した松井秀喜さんとともに満員の観客の前に立ち、力強くスピーチされました。
「国民栄誉賞を頂きまして、本当にありがとうございます。松井君も一緒にこの賞を頂いたこと、厚く御礼申し上げます。ファンの皆様、本当にありがとうございました。」
右半身の麻痺に加え、重い言語障害が残った長嶋さんにとって、人前に立ちスピーチをすることは決して簡単なことではなかったはずです。この短いスピーチのために、どれほどの時間を費やして練習されたのか…。そのことが伝わってくる素晴らしいスピーチでした。
先日、私たちが主催した「日本脳損傷者ケアリング・コミュニティ学会 広島大会」が無事に終了しました。多くの方々にご協力・ご参加頂き、盛況のうちに幕を閉じることができたこと、スタッフ一同、心より感謝申し上げます。
この学会は、医療・介護・福祉の専門職だけでなく、脳損傷を経験された患者さん、ご家族・支援者などの当事者も参加し、発表を行う非常にユニークなものです。昨年の東京大会では、脳損傷を負った皆さんが堂々とシンポジウムやポスター発表を行う姿に衝撃を受けました。発表はテーマごとに構成され、客観性を保ちながらも随所に発表者自身の経験や思いが滲み出ており、とても心に響きました。
この経験を受けて、今回の広島大会では、患者さんに作品や技術を披露してもらうワークショップも企画しました。さらには、失語症の人達がスピーチを行うシンポジウムを設けるなど、挑戦的な企画にも取り組みました。登壇者や出展者とともに行った1年間の準備期間はあっという間に過ぎていきました。(次回に続く)
