“記憶に残る”スピーチ [2]

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。

 前回、先月訃報が報じられた長嶋茂雄さんの国民栄誉賞授賞式でのスピーチ、そして「日本脳損傷者ケアリング・コミュニティ学会 広島大会」の開催に向けた準備を始めたところまでお話しました。今回はその続きです。

 

 この学会は、医療や介護に携わる専門職だけでなく、患者さんやご家族、それを支える地域の支援者といった多様な当事者が一堂に会し、それぞれの立場から発表を行います。昨年の東京大会で得た学びを活かし、広島大会ではより多くの患者さんに登壇していただくことを目標にしました。シンポジウム、ポスター発表、ワークショップ、さらには司会まで、患者さんの中から候補者をリストアップし、声かけを始めました。

 

 声をかけた多くの相手は、外来・通所・訪問などを利用されている、私たちが普段から良く知っている患者さん達です。私が大会長として声をかければ、2つ返事で受けてくれるだろうと高を括っていたら、それは大きな間違いでした。まず「学会」という言葉に身構えられ、「人前で発表なんてしたことがない」「自信がない」と言われ、「そんな遠くの会場まで移動する手段がない」と言われる方もありました。

 私たちは普段、学会や研修会で発表することに慣れています。準備で悩むのは、もっぱら発表のテーマや内容についてです。しかし、身体や言語に不自由がある患者さんにとって、会場までや舞台上での移動、人前で喋ることなど、その一つ一つが大きな壁となります。しかも見知らぬ人が集まる「学会」という場所で、自分の経験や思いを語ることは、想像を超えた挑戦だったのです。私は「お手伝いするのでやってみませんか?」と軽く声をかけたつもりでしたが、もしかすると、それは日頃から人前で喋ることに慣れた立場からの“上から目線”に聞こえたかもしれません。患者さんのことを“よく知っているつもり”でしたが、実はその心情を全く理解していなかったのだと気づかされました。

 そこで、普段からリハビリを担当している実行委員のスタッフにすべてを任せ、私は見守る側にまわることにしました。スタッフたちは、まずさりげなく学会の案内をし、次に会場参加を促し、さらに病気をしてからの思いを改めて聞き出すなど、丁寧に関係を築きながら、少しずつ「発表してみようかな」という気持ちを引き出していきました。「ここまで誘ってくれたから発表してみようか」と承諾してくれる患者さんが少しずつ現れ始めました。私は診察時も、あえて発表の話題には触れず、ただ参加への感謝を伝えるだけに留めました。登壇者と担当スタッフは一緒に内容を考え、何度も練習を重ね、そして本番の日を迎えました。

 

 シンポジウム、ポスター発表、ワークショップ…どれも、それぞれの思いが込められた、素晴らしい発表でした。今回私は、発表や作品から次のようなことを強く感じました。

 まず、「前を向くには時間がかかる」ということです。突然の病や事故で、出来なくなった悔しさ、努力しても報われない虚しさ、理解されない孤独。時には理不尽な言葉をかけられ、居場所のなさを感じたことも。そんな日々を救ってくれたのは、同じ境遇の仲間の存在や小さな成功体験による自信、家族の支えでした。なかにはSNSやYouTubeに励まされた経験を持つ方もおられました。これらの積み重ねが「自分にもできるかもしれない」という希望につながっていきました。自分の居場所があり、ともに過ごせる仲間や支援者の存在が、次の一歩を踏み出す原動力になっていたようです。

 次に、「患者さんの発表は、人の心を動かす」ことです。発表中の登壇者の表情は、普段の診療では見られないような、晴れやかな顔でした。発表では素直な気持ちが表現され、こういう機会が無いと知り得なかったこともたくさんありました。それぞれの「挑戦してきた時間」や「乗り越えてきた思い」が伝わってくるからこそ、我々の胸に響くのだと分かりました。同時に、日常の中で感じる嬉しさや悲しみを、一体我々はどれだけ知っているのだろうかと自問しました。

 最後に、「挑戦する気持ちと参加できる場」の大切さです。今回の大会テーマは「ともに歩み、あすを拓く」でした。「あすを拓く」は当法人の理念でもありますが、挑戦を意味する言葉です。「最初は上手くいかなかったが、試行錯誤することで少しずつ片手でもできるようになった」「障害があるけど、やってみると出来ることはたくさんある」、そんな言葉が強く心に残りました。「発表させてもらって良かった。ありがとう。」と多くの登壇者から感謝されました。挑戦や参加の場はただ探すだけでなく、ともに作ることも重要であることを学びました。

人はある日突然、それまで当たり前だった日常を失うことがあります。普通にできていたことができないことに変わる時、喪失感で我々の心は深く傷つき、前を向くことすら難しくなります。それでも、そこからまた一歩を踏み出そうとする人達がいます。その姿は、周りの人々に勇気を与え、心を打ちます。前を向くまでの道のりは決して平坦ではありませんが、今回の登壇者の皆さんのスピーチは、どれもがその一歩一歩に人間の持つ力が込められた、まさに “記憶に残るスピーチ”でした。