そこに愛はあるんか?

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。

 先日、大阪でリハビリテーションの研究大会が開催され、私はある教育講演の座長を努めました。講師は50年以上前に我が国で最も有名な脳卒中の予後予測モデルを発表された先生で、現在は医療経済学をご専門に研究されています。先生はいつも医療経済のマクロ視点から国の施策を語られ、診療報酬の改定に振り回されがちな私たち臨床現場の人間にとって、目から鱗の話を数多く聴くことができます。しかし今回は聴講者ではなく座長としての参加でしたので、医療経済学に門外漢の私は、少し緊張しながら講演を拝聴しました。

 講演の中では、「医療の質」評価の礎を築いたドナベディアン博士についても言及されました。博士は、現在の診療報酬の考え方の基にもなっている、「構造(Structure)」「過程(Process)」「結果(Outcome)」の3側面から、医療の質を体系的に評価したことで知られています。例えばリハビリの病院に当てはめると、「構造」は施設の広さや職員の数、「過程」はどんなリハビリをどれだけ行ったか、「結果」はどれだけ良くなったか、といった要素が当てはまります。これらの指標は現在、保険診療における「医療の質」を測る基準として導入され、医療費にも大きな影響を与えています(参考:院長ブログ2013年3月:医療における「質」とは?)。

今回の講演では、「本来ドナベディアン博士は、プロセスとアウトカムは同格と位置づけていた。またアウトカムには患者の改善だけでなく、患者と医療従事者の“満足”も含まれると述べていた。現在のリハビリ医療の評価はアウトカム偏重になっているのではないか。」という指摘がありました。私もこれまで「構造・過程・結果」の枠組みから医療の質について講演などでお話する機会がありましたが、博士が本来伝えようとしていた内容を正確に理解しないまま話をしていたことに気づき、少し恥ずかしくなりました。そこで博士の研究や時代背景について、あらためて勉強し直しました。

 

 ドナベディアン博士は1919年、レバノンのベイルートでアルメニア人の両親のもとに生まれ、パレスチナのラマッラで育ちました。父の後を継いで医学を学び、若い医師として大学の職員や学生の健康管理サービスを指導する仕事からスタートしました。この経験が診療所のような小規模な組織から、大規模な国の医療システムまで、医療がどのように提供されるのかという大きな関心を深める契機になったようです。その後、奨学金を得てアメリカで医療管理サービスを学び、1961年にミシガン大学の教授に就任します。そして1966年に医療の質を評価するための画期的な論文、「構造・過程・結果」の3分法を提案しました。その後も医療の質の測定方法を探求し続け、臨床の意思決定が医療の質に与える影響を評価・分析することに生涯を捧げました。

1966年といえば、当時のアメリカは世界で最も進んでいたとはいえ、まだアポロ宇宙船が月に着陸する前の時代です。もちろんPCも電子カルテもインターネットも無く、必要なデータは手書きの医療記録やインタビューに頼るしかありませんでした。そんな時代に、現在まで60年にわたり世界中で使われ続けている評価の枠組みを提唱した博士の慧眼には、あらためて深い感銘を覚えます。

 博士は2000年、81歳で生涯を閉じました。電子カルテやインターネットによって医療データの活用が劇的に変化した現在の姿を見ることは叶いませんでしたが、その哲学は今も多くの医療者の中に息づいています。晩年、前立腺がんの悪化により入退院を繰り返した博士は、患者として医療の構造・過程・結果を直接体験し、細分化・断片化された医療を受ける困難さについて語りながら、死の1ヶ月前のインタビューでこう述べたそうです。

医療は神聖な使命である。道徳的な営みであり、科学的営みだが、根本的には商業的な営みではない。私たちは商品を売っているのではない。患者は全てを理解し合理的に選択できる“消費者”ではない。これは私自身も含めて、である。

最終的に、質の秘密は「愛」である。患者を愛し、職業を愛し、神を愛さなければならない。

愛があれば、そこから逆算してシステムを監視し、改善することができる・・・。
Avedis Donabedian(2000年11月 死去の1ヶ月前のインタビュー) 「Donabedian’s Lasting Framework for Health Care Quality. NEJM (2016)」 より抜粋

 質向上に重要なのは、決して数値やシステムだけではありません。「そこに愛はあるんか?」という有名なテレビCMのセリフがありますが、最後まで医療の質向上へ情熱を注ぎ続けたドナベディアン博士の思いを、これほど的確に表す言葉は他にないのではないでしょうか。

 医療の中心に“愛”があれば、その現場は必ず良い方向に変わるのではないかと思います。