異分野から学ぶ

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。

 先日、退院した患者さんから、「ところどころに飾ってある絵画が素敵で、興味があった。季節の飾りや、屋外の手入れしてある花や草木を見ることができて、気持ちも癒やされた。」とアンケートでコメントを頂きました。入院生活ではストレスを感じる場面もあったでしょう。しかし、これらを眺めることで気持ちが落ち着き、明日への活力も湧いてきたのではないかと想像しました。

入院病棟の廊下や訓練室にかけてある絵を数えて回ったら、なんと50枚近くもありました。そのほか手工芸品や書の展示もあり、毎日多くの作品に囲まれて仕事をしていることに気が付きました。ぼんやり絵画を眺めながら、ふとK先生のことを思い出しました。

 

 当院の先々代の病院長K先生(院長ブログ2023年3月号参照)は、多くの趣味をお持ちでした。鮎釣りや山歩きのほか、ずっと続けておられたのがボタニカルアート(植物画)です。繊細な手術を行う脳神経外科医らしく、植物の根・茎・花・葉などを詳細かつ精密に描写した絵を描いておられました。先生のお宅にお邪魔すると、よく描きかけの絵を見せてくれました。花や美術に疎い私は、その絵が強心剤で使われるジギタリスの花だと全く気が付かず、「ジギタリスって植物だったのですか?」と答える始末でした。

 先生は学会や仕事で東京に行かれると、時間を見つけては上野の美術館に足を運んでおられたそうです。私にも、「忙しいだろうが、たまにはそういう時間を持ちなさい」と言われました。しかし当時の私は気分転換の方法くらいにしか受け取っていませんでした。

 

 昨年、日経新聞の名物コーナー「私の履歴書」の中で、元サッカー日本代表の岡田武史さんが、イタリアの強豪クラブのACミランやイタリア代表で監督を務めたアリゴ・サッキ監督のエピソードを紹介していました。サッキ監督と言えば“ゾーンプレス”とオランダトリオ擁する攻撃サッカーが有名で、当時世界一のリーグだったイタリアのセリエAの優勝だけでなく、チャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)も連覇し、世界一の名将と謳われた方です。

 3連覇を逃した横浜マリノスの監督を辞任した一番の理由は指導者としての限界を感じたことだった。理詰めで説ける監督を理想像としていたが、実績が積み上がるにつれ、選手は指示を求め、こちらは駒のように動かす関係が強まるようになった。「これは本当に俺がやりたいサッカーなのか」と思っても、自律的なチームを作る方法がその頃は分からなかった。

 サッカーの中にその答えは無い気がした。時間だけはある。脳科学、経営セミナー、禅、空手、古武術、和太鼓、陸上・・・。興味の赴くままに何でも首を突っ込んだ。

 ワールドカップのイタリア大会期間中に、日本の若手コーチを集めた研修に参加した。講義の1コマを担当したのが当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったACミランのアリゴ・サッキ監督。

 講義でサッキは「良い指導者になりたいのなら、絵を見なさい。音楽を聞きなさい。本を読みなさい。」と話した。最初は誤訳かと思ったが、そうやって感性や見識を磨くことが監督には必要だと説いたのである。

 (中略)父は「医者は一生勉強」と高校生の私に語ってドン引きさせたが、監督もそうだったのだ。サッキの言葉を思い出し、自分は今、分岐点にいるのだと理解した。(中略)異分野の大家との交流は2度目の代表監督の仕事に最終的に活かされたように思う・・・。

日本経済新聞2025年10月24日 岡田武史 私の履歴書 第23回「鍵を求めて」

 思い返すとK先生は、様々なものに興味を持ち、新しいものを取り入れ、進歩するために変わり続けようと努力をされていました。医療の話だけではなく、趣味や生活を通じて、何を感じ、どんなことに気が付いたかなどを、私たちに語り続けてくれました。脳外科医としてメスを握っていた先生が、生活を支えるリハビリ医療に興味関心をお持ちだった理由が少し分かった気がします。

 当時、リハビリ医療に邁進する私を見かねて、「見聞を広めなさい、いろいろなものから一生学び続けなさい」と助言してくれたのでしょう。その言葉の意味が、今になって少しずつ理解できるようになりました。

 世の中には様々な分野があります。理系と文系、サイエンスとアートなど、自分はどっちだと決めつける必要はありません。興味がない、分からないと切り捨てるのはもったいない。時々院内の絵画の前で足を止め、眺めてみようと思います。