“離床”とは・・・

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。

 今年は2年に1度行われる診療報酬(医療保険)改定の年です。前年末に改定率が発表され、その後、年明けから算定基準や点数(料金)、詳細な運用ルールが段階的に公表されていきます。改定のたびに内容は増え続けていますが、今回は10年前の倍以上、資料は800ページを超える分量となりました。正直なところ、すべてに目を通すのも簡単ではありません。先日、その第一弾として、算定基準の概要が示されました。

注目すべきテーマはたくさんありましたが、リハビリ領域では今回「離床」が話題となりました。詳細はまだ明らかではないものの、「離床を伴わないリハビリは減算かつ制限」という方向性が示されています。

 

離床とは、一般に「臥床」、つまりベッドなどに横たわっている状態の反対として使われる言葉です。漢字からも、ベッドから離れて起き上がり、座ったり活動をしたりする姿が自然にイメージできます。2000年に回復期リハビリ病棟が制度化された背景にも、寝たきりを予防し、日常生活の動作(ADL)を高め、家庭復帰を推進するという目的がありました。そのため「早期離床」は、病院での早期リハビリの象徴的な言葉になっています。

もちろん患者さんは、自ら望んで寝たきり状態になるわけではありません。多くの場合、人手不足などの事情により、結果として「寝かせきり」になってしまう、というのが正しい表現でしょう。家庭や地域での活動を高めることを重視する現在のリハビリ医療において、その第一歩である「離床」が重要であることは言うまでもありません。

 一方で、離床には医学的に統一された明確な定義はありません。英単語にもこれに一語で対応する言葉はなく、文脈の中で説明されて使われています。つまり、本来は概念的で曖昧さを含む言葉です。その言葉が制度上の厳密なルールとして運用されることについては、慎重な議論が必要でしょう。

 「離」という漢字には、物理的な距離だけでなく、依存した状態から離れるという意味も含まれているそうです。そう考えると、「離床」とは単なる姿勢の変化ではなく、安静や依存状態からの脱却を示す言葉とも言えます。私たち専門職は、今回の制度改定をきっかけに、離床の動作レベルだけでなく、その意味や目的、自分たちがやるべきことをあらためて考える必要があると感じています。

 

 もう10年以上前になりますが、ある患者さんの訪問リハビリを担当していました。脳梗塞や大腿骨の骨折、さらには進行した認知症の影響で十分なコミュニケーションは難しい状態でしたが、同居のご家族の介助を受けながら自宅で生活されていました。自宅は3階でエレベーターがなく、当初は階段の昇り降りの練習が中心でした。やがて認知症が進み、目をつぶっている時間が増えました。歩行器で歩くのも難しくなり、車椅子を使用するようになりました。外出時にはヘルパーやデイサービスのスタッフが背負って階段を上り下りしました。さらに関節の拘縮が進んで膝が伸びなくなり、褥瘡(床ずれ)もできやすくなりました。90歳近くで食事もペースト状になり、そろそろ施設に入らないと厳しくなってきたかな、と感じていました。しかし私の予想に反して、そこからなんと5年間も、デイサービスやショートステイを利用しながら、同じような生活リズムで家族と一緒に過ごされました。

ショートステイの日数が増え、月に2回程度になっても、ご家族は最期まで訪問リハビリを希望されました。身体機能や活動能力が低下していくことにもどかしい気持ちはありましたが、ご自宅を訪問すると、ご家族はいつも訪問リハビリの職員の関節可動域訓練やポジショニングの工夫を感謝しておられました。関節の拘縮があり、おむつ交換や車椅子に乗る時に苦労されていましたが、各サービス事業者やご家族もポジショニングを続け、最期まで車椅子に移り、外に出ることが出来たからでした。

 

私は生活期リハビリについて話すとき、いつも急性期・回復期からの流れを説明します。最初はベッドから離れられるように、そして身の回りのことや家の中のことができるようになると家庭に戻り、外に出て活動ができるように関わっていきます。すなわち生活している空間を広げていくような支援です。やがて地域で人と交わる頻度が増えてくると、場合によっては一旦我々の手を離します。やがてどこかの時点で下り坂になってくると、再び我々の出番です。今度は本人の力を上げることだけに限定せず、家族や制度・地域の力を借りながら、できる限り生活の空間が狭まらないように支援します。

悩みながら行っていた生活期リハビリでしたが、この患者さんとの経験を通して、私は生活期リハビリの後半から終末期にかけて、「寝たきりを防ぐこと」「閉じこもりを防ぐこと」「介助でも良いので自分の足で立つ・歩くこと」「できる限り口から食べること」、この4つを大切な目標と考えるようになりました。

離床とは単なる動作ではありません。その先の生活、さらには最期まで尊厳のある生活を支えるための重要な活動です。その意味を、まだ病院の中のリハビリしか知らないスタッフにも、丁寧に伝えていきたいと思います。