失敗を活かす

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
かなり前の話ですが、「麻痺側の膝」を痛めた片麻痺の患者さんに痛み止めの注射をする役目が、研修医を終えたばかりの私に与えられました。それまで何度かやったことがあり、その注射にも慣れてきた頃でした。いつもは注射する側が手前になるように看護師さんが寝かせてくれます。しかしこの時は自力で歩ける片麻痺の患者さんで、ご自分で横になられました。片麻痺の患者さんは、通常起き上がりやすいよう、良い方の側を手前にして横になります。
注射の準備をしていた私はその患者さんが横になる姿を見ていませんでした。見てくれていると思っていた看護師さんは他の患者さんに呼ばれ、ちょうど席を外していました。
後で聞くと、その看護師さんも私が確認したものだと思っていたようです。
 私は手前が注射する側だと勝手に思い込んでいたので、「良い方の膝」の周りを消毒し始めました。注射筒を持っていざ注射、となった時、患者さんから、「先生、今日は良い方の膝に注射をするのですか?」と言われて初めて気がつき青ざめました。
医者に物を言うのには、勇気が要ったと思いますが、この時ばかりは患者さんに助けられました。「そっちは違う方ですよ」とすぐに言えなかった患者さんは、しばらくの間不安で怖い思いをしたことでしょう。もし自分で言えない患者さんだったらどうなっていただろう、とひどく落ち込みました。上司の先生に報告すると、左右の間違いは初歩的なミスだ、と怒られました。
 振り返ってみると、「だろう」で進めてしまったこと、注射伝票に左右が書いてなかったこと、タイムアウト(一連の流れを一旦止めて看護師さんと一緒に注射部位を確認)しなかったこと、などやるべきことが出来ていませんでした。
しかし、恥ずかしい自分の失敗談を同僚に話すと、「教えてくれてありがとう」と逆に感謝されました。失敗した話と一緒に、「こうしたら良かった」という話を付けて伝えると、皆興味を持って聞いてくれ、教育的効果が大きいことが分かりました。ヒヤリとした経験の報告、事故報告というのは、単なる報告書ではなく、それを読んだ他人が疑似体験することで、「失敗の経験値を高める」ことにあるのだと理解出来ました。
 今でも注射の前にはいつも思い出し、「昔こういうことを経験したので…」と言いながら何度もしつこく確認しても、患者さんから文句を言われたことはありません。
米国「医療の質に関する委員会」の言葉に、「To Err Is Human(人間は間違いを犯すものである)」という医療安全における有名な言葉があります。これは間違えるのはしょうがない、という意味ではありません。この言葉には、「Building a Safer Health System(間違いを起こしにくい作業環境を構築する事が重要である)」という続きがあります。間違いが起こる可能性があることを前提に、様々な対策を考え、それを丁寧に教育していこう、ということです。
現在、確認間違いを無くすため、法人全体で「指差し確認」の実施に取り組んでいます。挨拶、手洗いと並んで、医療安全の基本的習慣だと考えています。職員がよく挨拶をする当法人では、挨拶をしない人が目立ち、時々患者さんやご家族から指摘を受けます。指差し確認も、していない人が目立つようなレベルを目指して取り組みたいと思います。