AIは人間を超えるのか?(3)

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。

 前回、早くからAIを取り入れてトップ棋士に上り詰めた藤井さんを代表とした「AI世代」の若手棋士に、羽生さん達ベテラン勢が次第に勝てなくなってきたところまでお話ししました。

 今回は、ついにこの2人が初めてタイトル戦で激突した、昨年の王将戦シリーズについてです。戦前の下馬評では、タイトル戦で8割の勝率を誇り、まだ一度も敗退したことのない藤井さんが圧倒的に有利で、ひょっとすると羽生さんは1勝もできないのではないかと言われていました。はたして “経験”で勝る羽生さんは、“AIの申し子”とも言える藤井さんに、勝つことが出来るのでしょうか?

 

 AIという時代の潮流に翻弄され、成績が下がった羽生さんは、ついに仲間とAIを用いて研究を始めました。将棋界最高の実績を誇る羽生さんが、プライドをかなぐり捨て、AIを用いた新しい将棋に真摯に向き合ったのです。羽生さんは仲間と研究を重ね、翌2022年には33勝18敗と復活を果たしました。王将戦の予選ではタイトル保持者を次々と破り、ついに藤井さんへの挑戦を決めました。この32歳差の二人のタイトル戦は、単にベテランと若手というだけでなく、人間の頭脳 vs AIの対戦のようにも思えました。

 

 開幕戦は藤井さんが圧倒し、技術の高さに衝撃を受けた羽生さんが、終局後に「どこが悪かったのか分からない」と漏らしたほどでした。一転して第2局は、羽生さんが持ち駒の「金」を相手陣に打ち込み(▲8二金)、観ている人たちの度肝を抜きました。通常、金は自陣で守備に使うか最後の詰みに使うか、いずれも玉の近くに打つのがセオリーです。この常識外の手は、AIが最善手と示す好手で、事前の研究の成果がうかがえました。次の第3局は藤井さんが制し、迎えた第4局。開始から前例のある形をなぞるように指していた羽生さんが、中盤で深く囲っていた玉を戦場に近づけるという奇妙な動きを見せました。これはAIに詳しい若手棋士の誰も知らない、前例のないオリジナルの手でした。深浦九段は、「羽生さんにしか見えていないものがそこにはあったということです。AIの評価値はそれほど高くない手ですが、その先に自分の“感性”で試したいものがあったのでしょう。」と語りました。その後は羽生さんの独壇場となり、2勝目を収めました。第5局・6局は藤井さんが勝ち、最終的に4勝2敗で藤井さんが王将位を初防衛しましたが、二人しか分からない世界の中で、後世に語り継がれるであろう“世紀の一戦”でした。

 

 圧倒的不利と言われるなかで、藤井さんから2勝をもぎ取った羽生さんは、AIの指し手(評価値)を盲目的に信じるのではなく、自分の能力・棋風とAIの指し手がマッチするところを探り、学習していきました。AIに忠実に指してくる藤井さんに対し、羽生さんはAIの評価値に振り回されず、古い戦法もあえて取り入れながら、将棋界の多様性失わせないような、言うなれば時代に抗っているような戦いでした。

 その後のインタビューで羽生さんはAIについて、次のように述べています。

 

 この先、AIとは絶対に向き合わないといけないのと同時に、その中でも人間の可能性を捨ててはいけないと思います。AIというのはあくまで過去のデータを学習しているだけです。しかしその学習量がとてつもない。人間が例えば50年かけて積み上げてきた量をあっという間に超えて、ものすごい数の対局を24時間自動学習しているわけです。そこから既存のものを組み合わせたり、過去のデータから最善のものを選択したりする能力は、AIには敵わないでしょう。若い人がそういう方向にいってしまうのはしょうがないことです。目の前にそういう技術があって具体的な数字で見えてしまうのですから。

 一方で将棋全体の技術の向上や新たな創造性ということに関しては、多様性が失われ危険な徴候とも言えます。遊びの部分、ゆらぎの部分を見極めて、新しい方法、つまり自分自身の個性とかオリジナリティーを求めていくやり方を突き詰めていくということですね。

 AIは人間を超えるのか?AIの圧倒的な学習量から考えると、人間を超える日はそれほど遠くないでしょう。最近は生成AIを悪用した新しいタイプの事件や犯罪が増えてきており、リスクを見極める目”や、回避する“感性”を身につけることが急務です。

 一方で、人間が危険にさらされるだけでなく、人間の能力が向上する可能性があることも、羽生さんと藤井さんが今も見せ続けてくれています。今回の対局では、経験豊富な羽生さんが“AIを活用” して復活を果たしただけではありません。藤井さんもまた、この“経験”を積んでさらに強くなり、その後史上初の8冠に輝きました。この2人に共通していることは、現状に満足せず、AIを使いながら自分の能力を進化させ、新たな可能性を探しているところにあります。

 特に羽生さんは、AIが最善と考える方法を取り入れるだけでなく、前例がないオリジナルの方法を生み出しました。すなわち、AIが絶対という常識を疑い、人間の柔らかい発想を可能性として提示し、それを勝利に結びつけたのです。

 AIの登場によって、過去の経験が生きるか生きないかという選択肢が狭まりつつある現在、どのようにAIと対峙していけば良いか、新しい時代に柔軟に適応するために試行錯誤する姿を羽生さんが見せてくれた気がします。

(参考資料)

・毎日新聞2023年4月13日記事 「羽生善治九段が振り返る王将戦」

・NHKスペシャル2023年4月15日放送 「羽生善治 52歳の格闘 〜藤井聡太との7番勝負〜」

・Number1085号 文藝春秋社2023年11月森内九段、深浦九段が見た王将戦 羽生善治「その笑顔は未来を照らす」