“良くなる”の判断基準

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
外来で患者さんとお話をしていると、「良くなった」「悪くなった」の捉え方に、違いを感じることがよくあります。
 先日、退院してしばらく経った方が病院に来られました。入院中は重い麻痺のある方だったのですが、やっと歩けるようになり、退院後もリハビリを続けて外を歩けるようになり、数年経った今では会社に行けるようになったと伺い、「すごく良くなったな」としみじみ感じました。
 しかし実際に診察してみると、「麻痺の具合」は入院中とさほど変わらず、「あれっ?」と思いました。よく調べてみると、麻痺はまだ重いまま残っていますが、良い方の手足の使い方、麻痺側への重心移動、歩幅などが良くなり、「歩く能力」が改善しています。また何より「社会復帰」された事により、本人が自信に満ちあふれていました。
我々は手足の麻痺や筋肉の具合だけを見て判断しているのではありません。この患者さんの場合、手足の動きとしては入院中と同じくらいの重い障害が残っていますが、伸びる部分が良くなり、さらにそれが悪いところを補って、その患者さん全体として「良くなった」と感じているのです。また社会に戻った患者さんからにじみ出る自信や、そして隣で支える家族の笑顔などが、一層改善を感じさせます。
例に挙げた方の「麻痺の具合」、「歩く能力」、「社会復帰」は、それぞれ違う次元を見ています。リハビリの世界では、生命レベル・生活レベル・人生レベルを包括して「生活機能の3つの階層(レベル)」と呼びます(これは、2001年にWHOによって採択された「国際生活機能分類(ICF)」によるものです)。これら3つのレベルは互いに影響を及ぼしますが、互いに独立しています。麻痺が重い ⇒ 歩けない ⇒ 社会復帰ができない、という図式は成り立ちますが、一方で、麻痺は重いが、良い方の手足を使って自力で車いす移動ができるようになり、仕事に戻ることができた、ということもあります。つまり、それぞれのレベルには独自性があり、他からの影響で全部決まってしまうということはない、ということです。もし他のレベルで全部決まってしまうのであれば、そもそも3つのレベルを分ける必要はありません。それぞれのレベルにかなりの独自性があるからこそ、3つに分けて別々に見る必要があるのです。
この生活機能には、「環境」の要因と、「個人」の特徴という、「2つの背景因子」が大きな影響を与えます。例えば、杖や装具を使う、室内をバリアフリーにする、というような「環境」を整える事で「自分で歩ける」ようになることがよくあります。また、障害があってもどんどん外に出て行くという「個人」の価値観により「地域への参加(社会復帰)」が進む、という場合もあります。
 平成26年8月に広島で起きた土砂災害では、家を失うという突然の「環境」変化により、「会社に通えなくなり」、避難所の長期滞在により「活動が低下し」、それにより「筋力が低下した」、という人達を目の当たりにしました。
これら「3つのレベル」と「2つの因子」、これに病気などの「健康の状態」を加えたその人の人間全体が、我々が行うリハビリの対象となります。回復期リハビリ病棟での「良くなる」かどうかの判断基準は、この中でも特に「生活機能」にあるといえるでしょう。