いつかは自分も…

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
「ドライブシュート」「タイガーショット」「ツインシュート」と聞けば、私くらいの世代は、小さい頃を懐かしく思い出すでしょう。
日本代表にとってワールドカップ出場が夢のまた夢だった時代、「キャプテン翼」のアニメが始まり、日本のサッカー人気が爆発しました。当時のブームが10年後のJリーグ創設や、15年後の日本のワールドカップ出場に多大な影響を与えたことは言うまでもありません。その後、ヨーロッパ、南米、中東などに輸出され、世界中で愛されるアニメになりました。
このアニメの魅力はなんと言っても出てくる個性的なキャラクター達のスーパープレー。冒頭に述べた技やシュートにあこがれ、学校や公園に集まって皆で練習したものです。しかしこれはあくまでアニメの世界の話で、私の友人は主人公である大空翼のオーバヘッドにあこがれ、練習中着地に失敗して腕を骨折してしまいました。
4年前からNHKで、パラスポーツや東京パラリンピックへの関心を高めることを目的に、「アニ×パラ」と題した5分間のTVアニメが十数回にわたり放映されました。その第1弾は「ブラインドサッカー」(視覚に障害を持った選手がプレーできるように考案されたサッカー競技)でした。原作はキャプテン翼の高橋陽一先生。そのアニメの中でも主人公が、スーパーシュートを炸裂させます。私は偶然その放映を目にしましたが、アニメの世界の話だと思い、そのまま忘れていました。まさか今年の東京パラリンピックで実際に目にすることになろうとは、思ってもみませんでした。
今年の9月2日のブラインドサッカー5位決定戦日本vsスペインの前半終了間際、日本の右コーナーキックから川村選手が、ファーサイドで待つ黒田選手へ浮き玉のパスを出します。ご存知かもしれませんがブラインドサッカーはゴールキーパー以外が全盲の選手で、さらにアイマスクを装着して行われます。ボールは音が出るものが使われますが、空中に浮いている間は音がしません。選手はボールが消えたように感じるそうです。川村選手の浮き球のパスは、スペインのディフェンス3人の頭上を越えて黒田選手の足元へ。黒田選手は自分に向かってくるボールの軌道がイメージできていたかのように走り込んできて、バウンドするボールにダイレクトで合わせてボレーシュートをゴールネットに突き刺しました。目にしたプレーが信じられない気持ちでしたが、アニメの世界が現実になったようでした。
黒田選手は空中のボールのわずかな音が聞こえてパスの軌道がはっきりとイメージできたそうです。ボールの軌道を直接目で見ることができない川村選手や黒田選手が、人間の可能性を追求し練習を積み重ねてきてこその、5年間の歩みが詰まった美しいゴールでした。この浮き玉のクロスからのダイレクトシュートは、ブラインドサッカーの歴史でずっと語り継がれることでしょう。
今年の夏の緊急事態宣言中、患者さんたちの話を聞くと、楽しみにしていたご家族やお孫さんたちとの再会が中止となり、多くの人がオリンピック・パラリンピックをTVで観て楽しんでおられたようです。特にパラリンピックには「勇気づけられた」と皆さん口々に言っておられました。
「パラリンピックの選手達を観ていると、ひょっとしたらいつか自分にも出来そうな気がしてね・・・」。そう仰っていた片麻痺の患者さんは、病気をする前は趣味のゴルフでシングルプレーヤーでした。病気になってしばらくの間、ゴルフはできないものとあきらめていましたが、その数年後から片手でゴルフのスイングを練習し始めて、今ではコースに出るとスコアが100を切る腕前になりました。エージシュート(自分の年齡以下のスコアで回ること)が目標なのだそうです。いつの日かパラリンピックに片麻痺ゴルフのシニア部門ができたら、もしかすると出場できるのではないか、なんてことを考えてしまいます。
いくつになっても、自分がどんな状況に置かれても、目標の先に夢があることで頑張ることができ、また夢があることで目標が具体的になります。
今年の東京オリンピック・パラリンピックは開催にあたり賛否両論いろいろありましたが、パラスポーツを多くの人が目にしてくれたこと、また多くの人を勇気づけてくれたこと、これらについては大きな意義があったのではないでしょうか。