遺伝子のスイッチ(1)

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
先日、サッカー元日本代表監督で、現在今治FCのオーナーを務められている岡田武史さんの講演会のチラシを目にしました。講演のタイトルは「サッカーを通じて入った遺伝子スイッチ ~チャレンジし、輪を広げ、実現する未来~」でした。残念ながら直接講演を聴くことは出来ませんでしたが、10年以上前に広島医学会総会に来られた岡田さんの講演を聴く機会があり、その中でこの「遺伝子スイッチ」の話をされていたのを思い出しました。
…経営者でも「倒産や投獄、闘病や戦争を経験した経営者は強い」とよく言われます。どん底に行った時に人間というのは「ポーンとスイッチが入る」という言い方をします。これを(生物学者の)村上和雄先生なんかは「遺伝子にスイッチが入る」とよく言います。我々は氷河期や飢餓期というものを超えてきた強い遺伝子をご先祖様から受け継いでいるんですよ。ところが、こんな便利で快適で安全な、のほほんとした社会で暮らしていると、その遺伝子にスイッチが入らないんです。強さが出てこないんですよね。ところがどん底に行った時に、ポーンとスイッチが入るんですよ…。
僕は1997年に(ワールドカップ初出場を決めたマレーシアの)ジョホールバルでスイッチが入りました。監督を引き受けたばかりの試合が引き分けに終わると、自宅への脅迫状や脅迫電話が止まりませんでした。テレビで僕のことがボロカス言われているのを子供が見て泣いたりとか、家族も本当に大変な思いをしました。「イランに勝てなかったら俺たちは日本に住めなくなると思うから覚悟してくれ」とジョホールバルから家に電話した後、何かポーンと吹っ切れたんです…。
腹が据わると怖いものがなくなり、采配も当りました。勝って日本に帰ってきた後、家に吊るしてあったカレンダーに、「途中にいるから中途半端、底まで落ちたら地に足がつく」と書いてあるのを目にしました。そのとおりなんですよ。苦しい、もうどうしようもない、もう手が出ない。でもそういうどん底のところで苦しみながらも耐えたらスイッチが入ってくるということです…。
(2007年11月11日広島医学会総会 特別講演Ⅱ 岡田武史「勝つための強い組織の作り方」)
岡田さんは1997年のフランスワールドカップ予選敗退危機の大騒動の中、突然監督に就任することになり、それを見事乗り越え、日本に初出場をもたらしました。苦しい心境を乗り越えたこの時のことを「遺伝子のスイッチが入った」という言葉で表現されていました。とても印象的な話で今でも覚えていますが、先日まさに「スイッチが入った」状態の患者さんにお会いしました。

 その患者さんは当院で入院リハビリを行い、何とか歩けて言葉が出るようになって家に戻られましたが、自由に動けない・喋れないというのは、大変ストレスだったようです。退院後の外来では、「脳の刺激をして欲しい」、「手足に注射をして欲しい」、と上手く言葉が出ないながらも度々訴えられ、「今その治療のタイミングや適応ではない」という話をしました。まだ小さいお子さんを抱え、外来に来られる度にご夫婦で涙ぐむ、そんなことがずっと続いていました。何とかしてあげたかったのですが、地道にリハビリを続ける以外、方法はありませんでした。

 幸いなことに、入院してリハビリが出来る病院が見つかり、そこをご紹介しました。3ヶ月の入院リハビリの後、その病院併設の身体障害者施設に入られました。施設でのリハビリは週1回程度に減りましたが、自分で努力し頑張っている多くの仲間に出会えたようです。
 1年後、外来に来られた患者さんは私の知っている患者さんとは別人でした。

 別人のように変わられた患者さんのことは、次回お話ししたいと思います。