安静による弊害とリハビリ

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
現在、油井亀美也さんが国際宇宙ステーションに滞在されています。ステーション内でバネに身体を固定させ、トレッドミル上を走っている映像がテレビで流れていました。微小重力空間でも使用できるよう、特別に開発された特殊な機器のようです。
 トレーニングを積んだ屈強な宇宙飛行士でさえ、長期間宇宙に滞在すると、著しく筋肉・体力が低下します。宇宙医学の発達により、無重力状態では、骨がもろくなる、心配機能が低下する、筋力が低下する、ホルモンや神経・血管の調整能力が低下する、などの影響が明らかになりました、無重力というのは、寝たきり状態と同じです。寝たきりだとさらに、関節が硬くなる、床ずれができる、認知機能が低下する、などの悪影響が加わります。病気だけでなく、身体の認知機能の低下によっても、「安静による弊害」が起こりえます。
昨年、広島市で75人が犠牲となった土砂災害では、当院の職員が「災害リハビリ支援」で現地に入りました。目的の1つは、このような「安静による弊害」を防ぐことでした。その時の調査では、長時間同じ姿勢を続けざるを得ない避難所生活において、ふくらはぎに血栓(血のかたまり)が通常の倍以上の確率で見つかったそうです。
ノーベル平和賞をもらった佐藤栄作元首相は、1975年、74歳の時に高級料亭での宴会の席で倒れました。当時はまだCTやMRIは無く、「脳卒中患者は現場を絶対に動かしてはならない」という時代でした。大学病院に搬送されたのは、なんと発症5日後だったそうです。
 その当時病気の治療と言えば、「安静第一」という風潮が強い時代でした。そもそもリハビリ自体がまだ普及しておらず、寝たきりの患者さんが病院で多く生み出されました。
 現在では、脳卒中はすぐ病院へ搬送し一刻も早く治療を行うこと、また早期からリハビリを行うことが当たり前になりました。また骨折の手術や肺炎で入院した患者さん、以前は運動療法が禁忌と言われた心臓疾患や腎障害の透析患者さんにも、急性期から積極的にリハビリを行うようになりました。腰痛でさえ、早期に体を動かすことが推奨される時代です。
 「早期から動かす恩恵」、「安静による弊害」が明らかになり、以前と常識が変わりました。リハビリを始めるタイミング、動かす量は人によって異なりますが、総じて早期からのリハビリが推奨され、医療の制度もそのように変わりつつあります。
高齢者の増加とともに充実してきた日本のリハビリ医療ですが、どうやって寝たきりを防ぐか?というのが、最大のテーマでした。寝たきりを含めた「不活動状態により生ずる二次障害」を「廃用(はいよう)」と呼びます。
 廃用を防ぐことは、今も昔も最大のテーマであることに代わりはありませんが、リハビリの効果はそれだけではありません。運動は全身を活性化させ、60兆個の細胞で出来ている私たちの身体の新陳代謝にも良い影響を与えます。また運動により認知機能が改善することが報告されています。
人間は2本足で歩き、言葉を話して他人とコミュニケーションをとり、集団で暮らして社会生活を営むことで進化してきた動物です。病気による弊害だけでなく、活動が低下し社会と途絶してしまうと、歩いたり話をしたりする機能も低下します。
 リハビリは人間らしく活動するための「元気になる薬」と言えるでしょう。