精神的支柱
ごあいさつ

病院長
史上最多48カ国が参加したFIFAワールドカップ2026は、今月20日の決勝戦でスペインが2回目の優勝を果たし、幕を閉じました。早朝の中継でしたが、テレビで観戦された方も多かったことでしょう。
今大会で準決勝に進んだのはFIFAランキング1位から4位までのチームでした。このランキングは、2018年のロシア大会後から試合ごとにポイントを加減・累積するSUM方式に変更され、実力をより適切に反映する仕組みになりました。
今大会では、引き分けやPK戦を除くと、ランキング上位国が勝利した割合は、グループステージで83%、決勝トーナメントではなんと93%でした※。決勝トーナメントで下位国が上位国に勝利したのは、ハーランド選手の2発でノルウェーがブラジルを撃破した試合と、ランキング2位のスペインが1位のアルゼンチンに勝利した決勝戦の2試合だけでした。
日本代表は、2018年のロシア大会後には55位だったランキングを、大会前には18位まで上げていました。欧州5大リーグで各国代表選手と日々しのぎを削る選手たちがそろい、本気で「優勝」を期待させるチームでした。
しかし、決勝トーナメント1回戦のブラジル戦で、アディショナルタイムに決勝点を奪われ、敗退してしまいました。全員がハードワークし、グループステージでは過去にない攻撃力や強さ、安定感を見せていただけに、トーナメントの組み合わせを恨みたくなるほど悔しい敗戦でした。目指す「頂」は、まだはるか遠くにあると感じさせられ、敗退した日は気持ちにぽっかりと穴が空いたようでした。
以前よりはるかに強くなった日本代表は、“個の力”や“戦術”だけでなく、“チーム”としても進化したように感じます。解説の本田圭佑さんは、ブラジル戦前に次のように話していました。
「今までの日本の強みとして一体感で戦ってきたと思うんですけど、今大会のチームは今まで以上だなと感じる部分もあります。やはりベテランの貢献が大きいんじゃないかと思いますし、コーチにはレジェンドも入っていたりですね。今までにはなかった布陣で挑んでいる大会です。」
今大会では、コーチの名波浩さん、長谷部誠さん、中村俊輔さんに加え、前キャプテンの吉田麻也選手、ケガで外れた南野拓実選手など、ワールドカップを知り尽くした先輩たちがチームをサポートしました。その中でも、本田さんが「ベテラン」という言葉で最も表現したかったのは、5大会目の出場となった“盟友”の長友佑都選手のことだったように思います。
本田さんと同じくワールドカップに3大会出場した小野伸二さんは、大会前の新聞コラムで、「短期決戦ではチームに関わる全員が同じ方向を向くことが大事であり、そのためにベテラン選手の存在が大きな意味を持つ」と述べています。
1998年のW杯フランス大会、僕は最年少の18歳でメンバー入りした。GK小島さんやゴンさんこと中山雅史さんは、年齢が一回りも上だった。練習に対する姿勢、試合への入念な準備、何事にも挑戦する積極性…。プロとして、代表選手として、どう振る舞えばいいのかを背中で教えてもらった。2002年の日韓大会でも、ゴンさんやDF秋田豊さんといったベテラン選手の存在感は大きかった。2人ともスタメンではなかったけど、練習から熱量がすごくて、僕ら若手に「もっと頑張らなきゃ」と気づかせてくれた。それでいて、オフの時の遊びには、率先して輪に加わってくれた。ピリピリムードとリラックスムードの使い分けが本当にうまかった。
今大会は長友佑都選手がいる。ドーハを知る森保監督や、コーチ陣もそうそうたるメンバーだ。でも、経験豊富な人が選手にいる、ということはチームにとって何よりも心強いはずだ。ピッチ内の空気感は選手にしかわからないこともあるし、問題解決には選手間の対話が最も迅速な対応策になり得る。なんといっても、選手という立場で、ときにはチームに喝を入れたり、ときには笑いを誘ったりと、ピッチ内外問わず、どこか1つの方向性にチームを向かせられるベテランの存在は貴重だ。僕は長友選手と一緒にプレーしたことはないが、経験に裏打ちされた雰囲気づくりの妙を心得ているのだ、と思えてならない。
日本代表にとって8度目となるW杯はどんな大会になるだろう。たとえどんな結果が待っていようとも、その経験は必ず選手たちの血となり肉となる。僕らが成功や失敗を積み上げてきたように、今の選手たちには日本サッカー界に、より大きな歴史を刻み込んでほしい。
2024年のアジアカップ敗退後、森保監督は長友選手を再び代表に招集し、その選出は今大会まで続きました。大会前には「長友枠」と揶揄する声や、コーチとして帯同すればよいのではないかという意見もありました。
2010年の南アフリカ大会の初出場から16年。39歳の長友選手の出場は、グループステージ第3戦の後半30分からの約15分間にとどまりました。プロである以上、出場機会が少なければ、穏やかな気持ちではいられなかったでしょう。それでも向上心を失わず先頭に立ち、批判やプレッシャーも引き受ける。開幕直前に、主将を務めてきた遠藤選手が離脱した後も、長友選手はピッチ内外でチームを支え続けました。そうした姿がメディアで報じられるにつれ、長友選手が必要なかったという声は、全くと言ってよいほど聞かれなくなりました。
チームスポーツに限らず、どのような組織にも「精神的支柱」となる人がいます。多くの困難をくぐり抜けてきた経験を持ち、その姿勢や行動で周囲に安心感や勇気を与える人です。ぶれない姿勢、前向きな態度、強い意志、そして周囲への気配り。目に見える成果だけでは測れない、こうした人の力が、苦しい時に組織を支え、人々を同じ方向へと向かわせるのではないでしょうか。
※ 手元の集計でグループステージ:43/52試合(引き分け20試合を除く)決勝トーナメント:25/27試合(PK戦4試合・3位決定戦1試合を除く)
