“きれいな”病院(2)

ごあいさつ

西広島リハビリテーション病院
病院長
岡本 隆嗣
はじめまして!このブログは患者さん、ご家族の方、一般の方、そして職員にも、 当病院のことをもっと身近に感じていただきたいという思いで作りました。 日々の出来事の中で私が思ったことをつづっていきたいと思います。
前回、第7波の感染についてお話し、今後は今まで以上に「換気」に気を配る必要があるのではないかとお話しました。換気と言えば我々の世界ではナイチンゲールを連想します。今回はそのお話です。

 欧州とアジアに挟まれた黒海は、さまざまな国家や民族が交わり、歴史的にも交易が盛んな要衝です。そのため、黒海の内側に大きく突き出たクリミア半島は地政学的に重要な意味を持ち、常に争いが絶えません。ウクライナ領だったクリミア半島は、現在もロシアとの戦禍にまみえています。
 このクリミア半島で起こったトルコとロシアの戦争(クリミア戦争)に、イギリスは1854年にトルコ側について参戦することになりました。この時、大臣から陸軍病院の看護婦人団長として赴任するように要請されたのが、「フローレンス・ナイチンゲール」でした。

 彼女が軍事病院に到着した時、病院内には排泄物や汚水が床に溢れ、壁にはカビが生え、悪臭に満ちていました。狭くて暗い、換気の悪い病室にすし詰めにされた負傷兵は、やがて感染症を起こし、健康を取り戻すこと無く死んでいきました。
ロベルト・コッホが炭疽菌を用いて初めて感染症を証明するずっと前の時代に、ナイチンゲールは、接触によって病気が伝染し、患者さん同士の距離を確保したり衛生状態を改善したりすることで、これを防止することができることに気づいていました。彼女は「新鮮な空気」がいかに健康を保つために必要か、「汚れた空気」がいかに病気を引き起こす原因となるか、を繰り返し政府に訴え続けました。
やっと施設や設備の衛生面が改善され、病室ベッドの配置が整い、さらに換気も良くなりました。ナイチンゲールは本格的に看護ができるようになり、負傷兵の病死による死亡率は大幅に下がりました。データを詳細に観察することで、パソコンや統計ソフトが無い時代に、「病院の衛生状態が良くなれば、患者の死亡率が低下する」という仮説が正しいことを導き出したのです。

ナイチンゲールは、真の看護とは感染を恐れることではなく、感染を予防することにある、と説いています。そして感染予防に最も必要としたのは、消毒ではなく「換気」でした。
彼女は、「部屋の換気を良くし、生活環境を整えて、患者の心身の状態を快適に保つ。換気は肺や皮膚から出る病的な発散物を取り除き、患者が健康を回復する過程において絶対不可欠な精神的な爽快感や開放感をもたらす。すなわちそれが生命力の消耗を最小にし、自然治癒力を最大限活用することで、患者は健康を回復し社会復帰できる」、と考えていました。医学的には正しくない部分があるかもしれませんが、彼女の目指したものは、まさに現在我々が行っているリハビリテーション看護そのものです。
第7波の経験を踏まえ、当法人ではウイルスの防護方法やゾーニングなど、今までの感染対策を見直しました。パンデミックを経験した現在、「きれいな病院」とは見た目の美しさだけではなく、見えない部分、すなわち感染症が伝播する条件が除去され、感染経路がきちんと遮断されていることも大事なのでしょう。
 最近は換気にも細かく気を配っていますので、冒頭でお話した患者さんには、見えない部分も含めて褒めて頂いたように感じました。そういう意味での「きれいな病院」を目指したいと思います。
ナイチンゲール生誕から約200年。現在の感染対策を見て、「ほら、私の言ったとおりでしょ」という声が聞こえてきそうです。